平家の落人部落・五家荘へ

両親の墓参りを兼ねて帰省してきました。

田舎の秋・・・すっかり稲刈りも終わってしまった田んぼは、役割を終えたように静かです。

柿の実が色づいても待っていたように柿の木によじ登る子供はいません。

渋柿をが干し柿にされるのを待っているだけです。


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実家も十分に田舎なのですが、更に奥の平家の落人集落「五家荘(ゴカノショウ)」に

姉の運転で行ってきました。

全国に平家の落人集落は栃木の湯西川、富山の五箇山、宮崎の椎葉・・・など沢山ありますが、

この「五家荘」もその1つと言われています。

標高1500メートル前後の山々に囲まれた中にあり、山また山・・・。



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写真はネットからの引用です。

八代市泉町にある岩奥地区。

周囲を山に囲まれ山を切り開いた棚田がきれいです。



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急峻な山に囲まれた道は細く九十九折り。

対向車に出合ったら、徐行するのも大変!。

道路のアチコチには岩山から落ちてきた大きな石がゴロゴロして怖い。

姉が必死に運転していましたが、運転出来ない私は助手席専門でした。



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やっと辿りついた平家の里。

源氏の追ってを逃れてこんな山奥まで、逃げて・・・逃げて・・・。

畑にするような平地はなく山を開墾して作物を作って生活したのでしょうか?。


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ここはお神楽の舞台。

落人たちが都を偲んで舞ったのでしょうか。

お隣は球磨郡五木村。

深い山間の村では子供も10歳位になると子守奉公に出された歌「五木の子守歌」で、

有名な村です。

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熊本とはいえ、深い山に囲まれた地域は冬は雪に覆われて春になると雪解け水があちこちから湧き出しています。



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町村合併で八代郡泉村から八代市泉町になったこの『村』。

地元の方が言ってました。

『こんな田舎を八代市と言われるより隣の五木村と合併したほうが良かった。

五木村は親戚みたいなものだから・・』と。

同じ秘境の五木村の方が、親近感があるのでしょうね。

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この記事へのコメント

2013年11月12日 14:36
お姉様はお元気でしたか?
お墓参りお疲れ様でした。
お墓参りって行かれると、精神的に落ち着きますよね。
ご両親も喜ばれたんでは?

平家の落人さんたち、九州まで逃げ通したんですね。
当時は移動が大変だったでしょうね?
日本史にはまって優しい日本史読みふけったんですが、
細かい所は忘れました(笑)。
覚えていればもっと楽しいのに・・・・
2013年11月12日 20:51
熊本とは思えないくらい、紅葉が進んでいますね。
標高も高いのでしょうか?

『こんな田舎を八代市と言われるより隣の五木村と合併したほうが良かった』という地元の人の言葉、なんとなくわかります。
市町村合併が、経済的(効率的)感知からだけで実施されるのは、寂しい気がしますね。
2013年11月13日 20:51
さくらさん こんばんんわ。
お盆もお彼岸も帰省しなかったので、父の祥月命日と母の月命日に帰ってきました。
墓参りって確かに落ち着きますね。
何だか・・・役割を果たしたというか・・・1つのけじめなんでしょうね。
でも・・・やっぱり元気な頃に顔を見せておくのが一番ですね。

五家荘は地元にいてもあまり行くこともなかったのです。
姉も初めて行ったとかで・・・何しろ車の運転が大変!。
帰ってきて、姉が『もう五家荘はコリゴリ』と言ってました。
私も最近、歴史特に日本史が楽しくなりました。
2013年11月13日 21:20
カンツォーネさん こんばんわ。
五家荘の山々は1500~1700メートルで集落も1,000メートルを超えているので九州とはいえ、紅葉はきれいです。
でも、道路がまだ完備していないので、運転が大変です。
あちこちで道路拡張工事が行われていましたが、大きなダンプと遭遇したら・・・片側は山、片側は谷底・・でした。

最近は人吉から五木を経て五家荘に入るツァーが企画されているようで、結構な人出でした。
2013年11月20日 16:33
お墓参りで帰省したのですね。
大昔から比べたら楽になりましたか、遠いですよね。
ご両親も喜んでいる事でしょう。

山深い里の紅葉見事です、湯西、五箇山は行きましたが山深い思い出あります。
五箇荘も行って見たいな。もう無理かな?
2013年11月23日 21:26
湯西川温泉や五箇山・・・行かれましたか?。
私も行きましたが、どちらも山深い集落でしたね。
ここ五家荘も同じで、山また山・・・の集落です。
湯西川みたいに温泉でもあれば訪れる人も多いのでしょうが・・・。
最初に住み着いた人はどうして生活していたのだろうか・・・?と考えずにはいられない環境でした。